第87回 新丁寧語1
先日、食事に入った店で、そのお店の年配の女性が「お待たせしましたねえ。こちらおでんになりますよ。」と丁寧に言いながら、おでんの皿を差し出しました。皆さんもレストランやお店などで「〜になります。」と言われたことがありませんか。私も「こちらデザートになります。」などよく耳にしますが、そのおでんのときは何とも言えない違和感を覚えました。こういう言い方は若い人に多い言い方だと思っていたため余計そう感じたのかもしれません。
「〜になる」は、本来、「掃除をすれば部屋がきれいになる。」というように変化を表す表現です。「になる」の前に接続するものは、これから変化したあとのもの、もしくはその状態ですから、おでんとして出来上がったものを「おでんになります。」というのは文法的に正しい表現ではなく、過去の表現として「おでんになりました。」というのが文法的には正しいわけですが、お店の人が注文品をお客の前に差し出す時に「おでんになりました。」というのは何とも奇妙な光景です。
では、どうして接客の際に「〜になります。」が使われるのでしょうか。
それは、「〜です。」と言い切るよりも「〜になります。」と言った方が曖昧なぼかしの表現になり、丁寧に聞こえると考えられているからです。
最近、このような丁寧語が増えていて、「新丁寧語」と呼ばれています。(に)
第88回 新丁寧語2
「新丁寧語」とは、1990年代から主に若者の間で広まり始めた新しい言葉遣いのことです。
前回取り上げた「こちらデザートになります。」の他、「1000円からお預かりします。」「紅茶の方お持ちしました。」「鈴木様でございますね。」「ご注文はカレーとコーヒーでよろしかったでしょうか。」などがあります。
これらの表現は、元々コンビニエンスストアやファミリーレストランなどで仕事をするアルバイターの中から生まれたと考えられており、「バイト語」とも呼ばれています。背景として、家庭や学校で敬語がきちんと教えられていないことや、社会でも言葉遣いがきちんと指導されないことなどいろいろな指摘がありますが、一気に広まり、昨今は、コンビニやファミリーレストランに限らず様々な接客の場で耳にすることがあります。また、使っている人も若者ばかりではありません。
これらの表現の共通点は、断定を避け曖昧にぼかすところにあります。例えば、(1)「最近、お仕事はいかがですか。」と(2)「最近、お仕事の方はいかがですか。」を比べると、(1)より(2)の方が、相手の個人的なことをあからさまに尋ねるという印象がやわらいで、丁寧に聞こえることは確かです。
では、「紅茶の方をお持ちしました。」はどうでしょうか。「〜の方」には、比較の用法もありますから、前の段落で述べた中にもあるように、「〜より〜の方が」という形でふたつのものを対比的に述べる場合に使うことがあります。例えば、ケーキと紅茶を注文したお客さんに「(ケーキではなく)紅茶の方をお持ちしました。」と言うのであれば問題はありません。しかし、紅茶一つ注文したお客さんに対して「紅茶の方をお持ちしました。」というと違和感が生じます。対比的に述べる状況ではありませんし、この場面では単なる事実を述べているのであって、曖昧にぼかす必要がないからです。従って、「紅茶をお持ちしました。」が適切な言い方です。(に)
第89回 新丁寧語3
新丁寧語として、「1000円からお預かりします。」という場合の「から」もしばしば問題になります。
「から」は起点を表す表現で、「うちから会社まで1時間です。」や、「10から3を引くと7です。」というように使われます。
新丁寧語として使われている「から」は、例えば、800円の商品を購入しようとしているお客さんがレジで千円札を出した場合に、お店の人が「1000円から代金の800円をお預かりします。」という文の省略として使われ始めたのではないか、とか、「1000円から釣銭の200円を一旦お預かりします。」というニュアンスで使われ始めたのではないか、などいろいろな説がありますが、昨今では釣銭があろうとなかろうと関係なく「〜円からお預かりします。」と言われることが多いようです。これも、断定を避け曖昧にぼかす結果丁寧になると考えられて使われているわけですが、「紅茶の方をお持ちしました。」という場合と同様、ここでは金銭授受の場面で事実を伝えているので、曖昧にぼかす必要はなく、「1000円お預かりします。」と言うのが適切な言い方です。(に)
第90回 新丁寧語4
相手に対して「鈴木様でございますね。」という言い方も新丁寧語として問題になります。
「ございます」は「ある」の丁寧語です。丁寧語は、本来、話し手から聞き手に対する敬意を表現するもので、「ございます」は、例えば、自分の名前を名乗るとき「佐藤でございます。」と言ったり、相手に対して「お尋ねすることはございません。」と言ったりすることからもわかるように、通常話し手側に関わることに使われます。相手に関しては、尊敬語を使った方が適切で、「鈴木様でいらっしゃいますね。」「ご質問がおありでしょうか。」といった言い方が正しいです。
しかし、「〜でよろしかったでしょうか。」は一概に不適切とは言えないので、少々厄介です。
この言い方で問題になるのは、例えば、4人でレストランへ入店した時に、案内係の人が「4名様でよろしかったでしょうか。」と言う場合や、お店の人が「ご注文は以上でよろしかったでしょうか。」と言うような場合です。
「よろしい」と「よろしかった」の違いは、「よろしい」が現在を表し、「よろしかった」が過去を表すということですから、4人で入店したばかりのお客さんに対して「4名様でよろしかったでしょうか。」と言うのは不適切で、「4名様でよろしいでしょうか。」の方が正しい言い方です。「よろしいでしょうか。」が強い言い方で丁寧なニュアンスが伝わらないという抵抗感がある場合は、ここも尊敬語を使って「4名様でいらっしゃいますか。」と言う方がより適切ということになります。
しかし、状況によっては「〜でよろしかったでしょうか。」が適切な場合もあります。(に)
第91回 新丁寧語5
レストランでの注文場面で、お客さんがカレーとコーヒーを注文したその場で、お店の人が「ご注文はカレーとコーヒーでよろしかったでしょうか。」と言うと、お客さんが違和感を抱くことがあります。この場合、注文を聞いたその場ですから、「ご注文はカレーとコーヒーでよろしいでしょうか。」と言うのが適切で、軽く確認するのであれば、「カレーとコーヒーをお召し上がりですね。」という言い方もあるでしょう。
しかし、注文が錯綜し、お店の人が注文を受けた後でお客さんに確認するような場合、「ご注文はカレーとコーヒーでよろしかったでしょうか。」が適切ということになります。従って、この言い方については適切かそうでないかは状況次第ということです。
新丁寧語について取り沙汰されるようになってから、サービス業界でも新たな対応が見られるようになりました。大手のファミリーレストランチェーンには「〜になります」「〜円からお預かりします。」「〜の方」「〜でございますね。」「〜でよろしかったでしょうか。」を「五大禁止用語」と位置付けて「非常識用語の撲滅」に努めているところもあります。また、格式が問われる高級ホテルチェーンの中にも同様の動きが見られます新丁寧語が「きちんとしていない」という印象を与えているのは確かなようです。
2000年に国語審議会から出された答申で、敬語の枠を広げ、相手との関係や場面に配慮した「敬意表現」の新たな枠組みが示されましたが、敬語表現の本来の姿をよく理解した上で、人間関係に配慮し、状況に応じて表現を使い分ける姿勢が大切なのではないかと思います。(に)
<参考文献>
・『現代社会における敬意表現』国語審議会 2000年12月8日答申等
・『朝日新聞』2005年7月13日付
・『新・オトナの学校 仕事常識』日本経済新聞社編
・『問題な日本語』北原保雄編、大修館書店
・「ことばの散歩道」http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/kotoba.htm
・「奇妙な日本語ミシュラン」http://homepage2.nifty.com/snufkin/nihongo.html
・「スペースアルク・日本語Q&A」http://home.alc.co.jp/db/owa/jpn_npa
第92回 さ入れ言葉1
最近よく耳にする言葉で不自然だなと思うものに、「さ入れ言葉」があります。誰が名付けたのかわかりませんが、本来は必要のないところに「さ」を入れてしまうという傾向です。前にこのコーナーでも扱った「ら抜き言葉」(バックナンバーをご参照ください)ほど一般的ではないかもしれませんが、例を聞けば、皆さんもああ、あれねと思い当たるのではないでしょうか。例えば、「行かさせていただきます」「送らさせていただきます」・・・、どうですか。パソコンでこの「さ入れ言葉」を入力しようとすると、なかなかうまく変換できません。「行かさせていただきます」は「活かさせていただきます」、「送らさせていただきます」は「遅らさせていただきます」と変換されてしまいます。それぞれ「さ」を入れずに「行かせていただきます」「送らせていただきます」と入力すれば正しく変換できますので、この変換ミスは「さ入れ言葉」が文法的に間違っていることの表れと言えるでしょう。(イ)
第93回 さ入れ言葉2
前回、「さ入れ言葉」は文法的に間違っていると言いましたが、「(司会を)務めさせていただきます」「説明させていただきます」のように「さ」を入れるべきものもあります。この「さ」の有無の是非は次回考えるとして、そもそも「〜せて(させて)いただきます」とはどんな意味を持つ表現なのでしょうか。これは、使役の助動詞「せる/させる」に「いただく」を付けて、自分の行為をへりくだって表明する言い方です。使役とは他者に何かの動作を強制・許可するときに使われる表現、「いただく」は「もらう」という授受動詞の謙譲語ですので、「行かせていただきます」は許可をもらって動作を行うというニュアンスになります。「行きます」とはっきり言い切るより婉曲的に聞こえる敬意表現としてよく使われているのですが、一方で過剰な使用を問題だとする声もあります。誰かの許可や好意のもとで動作を行うわけではないときにも「〜せて(させて)いただきます」を多用することで、逆に慇懃無礼に聞こえてしまうという意見です。敬意表現だからといって、何でもかんでも使えばいいのではなく、聞き手を不快にさせない言葉遣いを心がけなければいけませんね。(イ)
第94回 さ入れ言葉3
「さ」を入れてもいい、入れてはいけないという判断はどのように行えばいいのでしょうか。以前扱った「ら抜き言葉」同様、今回の「さ入れ言葉」にも、五段動詞・一段動詞といった動詞の活用によるグループ分けが関係しています。日本語教育では、使役の助動詞「せる/させる」は「使役形」と呼ばれ、動詞の活用形の一つとして教えることが多いです。五段動詞は「行く(IKU)→行かせる(IKA+SERU)」「送る(OKURU)→送らせる(OKURA+SERU)」「話す(HANASU)→話させる(HANASA+SERU)」のように、語尾のウ段の音をア段に変えて「せる」を付けます。これに対して、一段動詞は「いる→いさせる」(上一段動詞)「務める→務めさせる」(下一段動詞)のように、語尾の「る」を「させる」に変えます。五段動詞と一段動詞の変形ルールの違いは、一段動詞の使役形には必ず「さ」が入るという点です。(イ)
第95回 さ入れ言葉4
前回、五段動詞と一段動詞の変形ルールの違いは一段動詞の使役形には必ず「さ」が入るという点だとお話ししました。しかし、五段動詞でも、語尾が「す」で終わる動詞は「話す(HANASU)→話させる(HANASA+SERU)」のように「〜させる」になります。また、変則的な活用をするカ変動詞の「来る」、サ変動詞の「する」もそれぞれ「来させる」「させる」となり、やはり「さ」が入ります。そのため、五段動詞と一段動詞・カ変動詞・サ変動詞の変形ルールの違い、ひいては動詞のグループ分けそのものがあいまいになり、五段動詞にも一段動詞のように「さ」を入れてしまったのが「さ入れ言葉」なのです。日本語を母語とする者は普段あまり文法を意識して話しませんので、どんな動詞でも「させる」を付ければいいという単純なルールを作ってしまった気持ちもわかります。ただ、「ら抜き言葉」誕生には一段動詞・カ変動詞において可能形と受身形(尊敬形)の違いを明確にするためという理由があるのに対して、「さ入れ言葉」にはその誕生を正当化する理由が特に見当たりませんので、やはり文法的に間違った表現と言わざるを得ません。(イ)
第96回 さ入れ言葉5
あるテレビ番組でレストランの店長役のタレントが客に向かって「何でも作らさせていただきます」と言っていました。さて、これは「さ入れ言葉」なのでしょうか。もし、料理を「作る」シェフ本人がこう言ったとしたら、「(私が)作る」という行為を「させていただく」という意味になりますので、五段動詞である「作る」は「さ」を入れない「作らせていただきます」が正しいと言えます。しかし、店長がシェフに「作らす」(「作らせる」という使役形の短形)場合は、「(私が料理人に)作らす」という行為を「させていただく」という意味になりますので、「作らす(TSUKURASU)→作らさせる(TSUKURASA+SERU)」となり、「作らさせていただきます」は必ずしも間違いとは言い切れません。ただ、たとえ店長自身は料理を作らなくても、客に対して料理を出す側の発言と考えれば、「料理を出す=作る」行為を「させていただく」という意味で、やはり「作らせていただきます」が適切だとは思います。
「ら抜き言葉」のように「抜く」という現象は理解できますが、なくていいものをあえて「入れる」というのはあまり合理的とは言えませんし、単純に言いにくく、耳障りも良くないと感じてしまうのは私だけでしょうか。日本語を教えていて、使役形がうまく使えない学習者をたくさん見てきましたが、日本人にとっても難しい表現だということですね。皆さんは正しく使い分けができていますか。(イ)
第97回 新語・その2(品詞の変化)1
電車の中の広告を眺めていたとき、こんな表現が目に飛び込んできました。
「紳士な服」
これはファッション雑誌の広告にあった見出しの一部です。私個人は違和感があるのですが、みなさんはどう思われますか。
文法的に見た場合、「紳士」も「服」も名詞です。名詞同士が接続するときは「コンピューターの雑誌」「日本語の授業」のように「AのB」という形になります。つまり、「紳士」と「服」を接続させようとすれば、「紳士の服」となるはずなのです。文法的には正しいといえない「紳士な服」のような表現は、なぜ生まれたのでしょうか。例は他にもあるのでしょうか。以前、外国語が日本語に変化する例についてお話しましたが、今回は日本語の中での変化について考えてみましょう。(中)
第98回 新語・その2(品詞の変化)2
新しい言葉の生まれ方には、いくつかのパターンがあります。主なものをご紹介しましょう。
a.これまでになかった概念が外から入ってきたときに、その概念を言い表そうとして、まったく新しく言葉を作る。(例:「哲学」など)
b.既存の言葉を結合させる。(例:「テロ」+「対策」→「テロ対策」など)
c.既存の語に接頭辞や接尾辞をつける。(例:「可能」+接尾辞「〜性」→「可能性」など)
d.既存の語の機能や意味を変えて、別の品詞としてはたらかせる。(例:「物語る」→「物語」など)
e.既存の語を省略する。(例:「文部科学省」→「文科省」など)
f.外国語や古語、方言などから語彙を受け入れる。(例:「しんどい」など)
g.文字・表記から新しく語を作る。(例:「八十八」歳のお祝い→「米寿」など)
「紳士な服」の「紳士な」という言い方は、これらの分類で見るとdに当たるのではないでしょうか。(中)
第99回 新語・その2(品詞の変化)3
名詞である「紳士」が形容動詞的に「紳士な」と使われている例に見られるように、品詞を変化させることによって新しい表現を生む例を見てみましょう。「紳士な」と同じく名詞が形容動詞的に使われる表現には、「君はずいぶん大人な考えをするね」の「大人な」があります。その他、「めんどうだ」という言葉から生まれた「めんどい」は形容動詞が形容詞になっています。少し前に『問題な日本語』(北原保雄/編 大修館)という本が流行りましたが、この本のタイトルが「問題の」ではなく「問題な」とされているところからも、品詞を変化させるタイプの新しい表現が最近多いと著者が思っていることがうかがえます。ちなみにこの本の中には、「すごいおいしい」という表現が正しいのかどうかというトピックが取り上げられています。「すごい」のような形容詞を連用修飾に用いる場合には「〜く」(「すごく」)という形になるため、文法的にいえば間違っていることになります。しかしこの本では、「えらい疲れた」や「おそろしい光る」のように形容詞を副詞的に使用している例は漱石や尾崎紅葉の文学に既に見られ、「すごい立派」などの表現もそれほど古くはないとはいえ、文学作品の中に見られるという例を挙げ、誤りと見なさずに副詞として考えてもいいのではないかと提案しています。(中)
第100回 新語・その2(品詞の変化)4
「紳士な服」「大人な考え」のような表現が正しいのか誤りなのかはさておき、なぜこのような表現が使われるのかを考えてみましょう。
新語が生まれる理由はいろいろありますが、その一つは、「表現したい対象に新しいイメージを植えつけたい」という意識です。集合住宅のことを「アパート」と呼んでいたのが、高級感を出そうと「マンション」という新たな表現を使い始めた例などがこれにあたります。最近では「億単位の高級マンション」というさらに上のイメージを言い表すため、「オクション」という表現も(定着しているかどうかは別として)生まれました。「紳士な服」も、次の季節に流行らせたい服のイメージをはっきりさせるために生み出された表現ではないかと思われます。回りくどい言い方をすれば、「気品・学徳を備えた礼儀正しい男性の雰囲気をかもし出す服」ということを表現したいのでしょうが、「紳士」を名詞ではなく形容動詞として扱い、「紳士な服」と短く言い表すことで、広告に必要なインパクトを与えることができます。このようにして生まれた新しい言葉が広告という目的を超えて一般化していき、「大人な考えをするね」と普通に使われるようになっているのでしょう。
新しい言葉に対しては違和感があることもありますが、なぜそんな表現が生まれたのか、相手は何を表現したかったのかを考えてみると面白いのではないでしょうか。(中)
参考文献
『問題な日本語』北原保雄/編 大修館 (2004年12月10日)
『新版日本語教育事典』社団法人日本語教育学会 大修館 (2005年10月1日)
『講座日本語と日本語教育6 日本語の語彙・意味(上)』玉村文郎/編 明治書院 (平成元年8月30日)
第101回 日・中・韓の名字比べ1
今回は日本の名字の特徴を、お隣の国、中国・韓国の名字と比較しながら探ってみたいと思います。
まず、日・中・韓の名字の共通点は何でしょうか。真っ先に思いつくのが、3つの国とも名字に漢字が使われているということですね。けれども、名字の文字数には大きな違いがあります。韓国や中国ではご存知の通りほとんどの名字が漢字1文字なのに対し、日本では1文字のものから、非常に珍しいものでは5文字のものまであります。その中で一番多いのは2文字のもので、名字の種類中で約9割、人数では約8割を占めているとのことです。
何年か前にアジアでブレイクした日本の俳優、金城武(かねしろ・たけし)の名前を、中国で「金・城武」と勘違いして区切っている人が多いという話を聞いたことがあります。双方の国の名字の特徴から考えると、なるほどありそうな話ですね。(み)
第102回 日・中・韓の名字比べ2
そもそも日本には一体どのぐらいの種類の名字があるのでしょうか。ものの本によると、約5万から30万の名字があるそうです。5万と30万ではずいぶん大きな違いですね。なぜこのような違いが出てくるのでしょうか。
一番大きな理由は、名字の数え方の違いにあります。一番少ない約5万という数は、漢字は関係なく、読み方のみで分類した時のものです。この場合、「伊藤」・「伊東」・「井藤」は全て「いとう」という一種類の名字として数えられます。また、漢字で区別する場合、「斉藤」と「斎藤」のように字体が違うものを別の名字として区別するかどうかで数が変わってきます。一番多い約30万という数は、読み方の区別に加え、字体の違いも区別した場合の種類数だそうです。いずれにしても驚くほどの多さですね。(み)
第103回 日・中・韓の名字比べ3
一方、中国や韓国にはどのぐらいの種類の名字があるのでしょうか。最近の調査では、中国には4100種類(従来は約500種類と言われていました)、韓国には約250種類あるということです。日本の最大約30万種類に比べるととても少なく感じますね。
また、名字を多い順に並べたとき、日本では上位100位の名字で人口の約22%を占めるそうですが、中国では上位3位の「李・王・張」、そして韓国では第1位の「金」だけで人口の20%以上に達してしまうそうです。中国や韓国では名字だけ呼んでも誰のことを呼んでいるのか分からず混乱してしまいそうですね。(み)
第104回 日・中・韓の名字比べ4
中国や韓国では他の人のことを呼ぶとき名字だけで呼ぶことは一般的ではないそうです。ですから、日本に来た中国や韓国の人は、なぜ日本人が普段名字だけで呼び合っているのか不思議に感じるかもしれません。
外国の人からそのような習慣に関する質問をされたとき、単に習慣と言ってしまうことも簡単ですが、背景にあるそれぞれの国の事情の違いなども説明できると、日本の文化に興味をもってもらえるきっかけを提供できるかもしれませんね。(み)
<参考文献>
・『名字と日本人 先祖からのメッセージ』武光誠
・『日本全国苗字と名前おもしろBook』第一生命広報部/編
・『名字の謎 その成り立ちから日本がわかる!』森岡浩
・『ここまで知っときゃ韓国通:スペースアルク』http://www.alc.co.jp/korea/culture/quiz/index.html
・『人民網日文版』http://www.people.ne.jp/2006/01/10/jp20060110_56624.html