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日本語の美しさ

第349回 夜御飯1

私は日本語教師養成講座で講師をしています。何ヶ月か前、担任をしていたクラスで受講生が教育実習の授業を行うことになりました。教える対象は日本語を学び始めて間もない外国人学習者です。自分の担当箇所で食事の名前を教えることになった受講生のAさんから、次のような教案(教える際の台本のようなもの)が提出されてきました。

*ホワイトボードに朝、昼、夜と食事の絵カードを貼る。

「(朝と食事のカードを指して)朝御飯

(昼と食事のカードを指して)昼御飯

(夜と食事のカードを指して)夜御飯」

私は教案添削の際「夜御飯」を丸で囲み、「この言葉は適切でしょうか。辞書で調べたり、クラスメートに聞いてみたりしましょう」とコメントを付けて返却しました。

さて、皆さんはこの「夜御飯」という言葉を聞いたり使ったりしたことがありますか。この言葉からどのような印象を受けるでしょうか。今回は、この「夜御飯」という言葉について考えてみたいと思います。 (み)つづく

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第350回 夜御飯2

「夜御飯」という言葉を外国人に教えようと思った受講生のAさん。私から「この言葉は適切でしょうか。辞書で調べたり、クラスメートに聞いてみたりしましょう」というコメントを受け取って、色々調べた後、教務室に相談に来ました。

「先生、『夜御飯』という言葉はどの辞書にも載ってなかったです。クラスメートにも聞いてみたんですけど、使う人と使わない人がいました」
「どんな人が使うと言っていましたか」
「私と同じ位の歳の若い女の子たちは使うと言ってました。でも、年輩の方たちからは『変な日本語だ』とか『夕御飯や晩御飯が正しいんじゃないの』って言われました」
「そうですか。ところで、Aさんは普段『夜御飯』と言っているんですか」
「はい、普通に使ってるんですけど…」

どうでしょうか。Aさんに共感する人、年輩のクラスメートの方たちと同じ意見の人をはじめ、様々なのではないでしょうか。

私(30代女性)はと言うと、この「夜御飯」という言葉は使いません。ただ、近頃では以前に比べて聞くことが多くなったように感じていました。けれども、子供や若い人たちが仲間うちのくだけた会話の中で使うものだと思っていたので、Aさんの教案に外国人に教える基本的な言葉として書いてあるのを見たときには少し驚きました。

「夜御飯」という言葉は、それほど一般化しているのでしょうか。 (み)つづく

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第351回 夜御飯3

「夜御飯」という言葉は、どのぐらい一般化しているのでしょうか。

手始めに家族や友人、同僚に聞いてみました。結果は、「夜御飯」という言葉を使わない人が多い中で、使っている(もしくは使っていた)人も数名いました。

使っている(もしくは使っていた)人に詳しく聞いてみたところ、普段話すときは「夜御飯」を使い、改まった場合には「夕食」を使う人(30代女性)、以前は「夜御飯」を使っていたが、日本語教師養成講座を受講し、日本語のテキストに「夜御飯」という言葉が載っていないことを知り、私生活でも使うのをやめたという人(40代女性)などがいました。

一方、「使わない」と答えた人の中には、「そんな言葉は初めて聞いた」という人もいました(70代の男性と女性)。

次に、辞書で調べてみました。やはりほとんどの辞書には「夜御飯」という言葉は取り上げられていませんでしたが、唯一『日本語 語感の辞典』には次のように載っていました。

よるごはん【夜御飯】

「夕飯」の意で使われることのある俗っぽい表現。<-はまだだ> 朝・昼・晩の対立のうち、「晩」の使用頻度が減って、朝・昼・夜というとらえ方が一般的になるとともに、「晩御飯」に代わって若年層を中心に目立つようになった表現。子供っぽい感じに響くこともある。「夜食」の意味では用いない。

(類義語)晩御飯・晩めし・夕御飯・夕食・夕めし・夜食

なかなか分かりやすい解説だと思いましたが、どうでしょうか。でも、「俗っぽい」と言われてしまうと、普通に使っている人はショックかもしれませんね。 (み)つづく

【参考文献】
『日本語 語感の辞典』中村明 著 岩波書店 2010

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第352回 夜御飯4

前回、「夜御飯」という言葉について、周りの人に聞いたり辞書で調べたりしました。

最後に、インターネットでも調べてみました。下記は、夜に食べる食事に関する言葉をいくつかピックアップしてGoogleで検索した際のヒット件数ランキングです(2011年10月現在)。

1位:晩御飯 約68,800,000件 (「晩ご飯」「晩ごはん」「ばんごはん」も含む)
2位:夕食 約51,200,000件
3位:夜御飯 約34,770,000件 (「夜ご飯」「夜ごはん」「よるごはん」も含む)
4位:夕御飯 約27,939,000件 (「夕ご飯」「夕ごはん」「ゆうごはん」も含む)
5位:夕飯 約25,700,000件

単純には判断できませんが、「夜御飯」という言葉もかなり使われていることが見て取れます。内容を見てみると、若い芸能人のブログや料理のレシピのサイトなど様々なものがあり、それなりに一般化しているように感じられます。

さて、ほとんどの辞書に載っていないこの「夜御飯」という言葉ですが、使う人が増えたのはどうしてなのでしょうか。次回はその理由を考えてみたいと思います。 (み)つづく

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第353回 夜御飯5

前回まで、最近「夜御飯」という言葉を使う人が増えたことを見てきましたが、なぜそうなったのでしょうか。

それは、「夜御飯3」でご紹介した『日本語語感の辞典』にあるように、“「晩」の使用頻度が減って、朝・昼・夜というとらえ方が一般的になった”からだと思います。子供が言葉を覚えていくとき、「朝→朝御飯」「昼→昼御飯」からの応用で「夜→夜御飯」という言葉を作り出すのは自然なことでしょう。周りの人が直さなければ、そのまま「夜御飯」を使う大人になっていくのではないでしょうか。また、元々「晩御飯」を使っていた人が「夜御飯」という言葉を聞いて、それに切り替えることもあるかもしれません。

さて、「夜御飯」という言葉を外国人学習者に教えようと思った養成講座受講生のAさんですが、考えた末、本番では「晩御飯」という言葉を教えていました。今回はたった一つの言葉でしたが、日本語を教えることから発見できることは他にもたくさんあります。機会があれば、またお伝えしたいと思います。皆さんもぜひ自分や周りの日本語を観察してみてください。 (み)

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第354回 うさぎはおいしい?(1)~復興を願って~

アニメ「クレヨンしんちゃん」の主人公、5歳の幼稚園児「野原しんのすけ(しんちゃん)」が、父親である「野原ひろし」に「『ジジイは小説よりいきなり』って何?」と聞いたシーンがありました。これは「事実は小説より奇なり」を、しんちゃんが自分なりに聞き取って質問したシーンです。理解不可能な表現を自分の知っているボキャブラリーや知識で解釈しようということは、大人でもよくあることです。だだ、子どもの場合は、ボキャブラリーや知識が大人よりも少ないので、珍解釈になることが多くあります。

私も小学生の音楽の時間にいろいろな歌を覚えましたが、歌詞が理解できないものも多くありました。その一つが「ふるさと」(作詞者は高野辰之、作曲者は岡野貞一)です。私もしんちゃんと同様に“うさぎおいし~”、「ふるさとでは兎がおいしい?いや、もしかして兎をおんぶしている?」などと勝手に自分の知っている言葉を当てはめていました。

「うさぎおいし」は「兎を追った」という意味ですが、そもそも「兎を追う」とはどういうことなのか。「高野辰之記念館」のホームページには「兎追いは、自然豊かな山村の冬季間の子どもたちも加わった村総出の行事でした。」とあります。さらに、今年の2月に亡くなった動物学者の千石正一さんは「子どもなりの食料確保の手伝いの情景であって、兎を追いかけて単に遊んでいるのではない。動物性蛋白質の不足がちな、かつての農山村ではふつうの光景であった。」(ダイヤモンド・オンライン)と述べています。つまり、「うさぎおいし」は冬に行われた村の行事で、“野うさぎのハンティング”だったというわけです。

この歌は東日本大震災の復興コンサートでよく歌われています。今回は、被災地の復興を願って、唱歌「ふるさと」を、主に日本語の面からちょっと深く理解してみたいと思います。(よ)

つづく

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第355回 うさぎはおいしい?(2)~復興を願って~

「ふるさと」の歌詞は以下のとおりです。

うさぎおいしかのやま
こぶなつりしかのかわ
ゆめはいまもめぐりて
わすれがたきふるさと

「うさぎおいし」「こぶなつりし」の「し」は何か。小学生のころは、「うさぎおいし」「おいし」は「おいしい」の「い」が落ちたもの、「こぶなつりし」の「つりし」は「釣り師」だと思っていました。私はその当時釣りが趣味だったので、「こぶな(小鮒)」は問題なく理解できましたし、「釣り師」という言葉も知っていました。つまり、「し」はそれぞれ「おいしい」という形容詞の語幹(変化する際に形の変わらない部分)末の音、「師」と考えていたのです。

この「し」は、「き」という過去を表わす助動詞の連体形(名詞が続く形)です。そして、過去のことの中でも直接体験したことを回想するときに使います。このようなことばだとわかると、「うさぎおいし」、「こぶなつりし」は、「兎を追ったこと」、「小鮒を釣ったこと」を思い出しているということがわかります。

さて、「し」は「き」の連体形ですから、どのような名詞に続くか。「かのやま」、「かのかわ」に続くわけですが、これらの表現も小学生の私にとって知っていることばを当てはめて解釈するしかありませんでした。(よ)

つづく

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第356回 うさぎはおいしい?(3)~復興を願って~

「かのやま」、「かのかわ」はどのように解釈していたかというと、「蚊の山」、「蚊の川」です。山や川は蚊が多いから「かの」は「蚊の」だろうと思っていました。小学生のころ、父親と鮎釣りに行き、蚊やブヨにずいぶん悩まされました。特に川というとその時の蚊やブヨが思い出され、「かの~」は「蚊の~」と解釈するのが私には自然でした。

さて、「かの」は何か。「か」は代名詞で「彼」と書き、「彼の」で「あの」という意味です。そうすると昔のことを回想していることがわかります。

「ゆめはいまもめぐりて」ですが、その当時、「ゆめ」は「夢」、「いまも」は「今も」で、「めぐりて」も「巡って」だと解釈できました。でも、「兎美味し、蚊の山」、「小鮒釣り師、蚊の川」と解釈している小学生の私には、何の「夢」が「巡る」のかわかりません。でも、「兎追いし彼の山、小鮒釣りし彼の川」であれば、「ゆめはいまもめぐりて」は、昔のふるさとの光景が今でも夢の中に出てくるのだと理解できます。

ちなみに「巡りて」ですが、現代語の文法では、「巡って」です。存在を表わす動詞「ある(あり)」が「て(接続助詞)」につく場合、現代語の文法では「あって」ですが、古典文法では「ありて」です。本来は「巡りて」「ありて」だったものが発音しやすいように音変化を起こし、「巡って」「あって」となったのです。この変化は音便と言います。(よ)

つづく

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第357回 うさぎはおいしい?(4)~復興を願って~

さて、最後の「わすれがたきふるさと」ですが、これについては、小学生の私でも解釈に問題がなかったように思います。「わすれがたき」は、「忘れがたい」で「『忘れられない』ふるさと」になりますが、ただ、最後のフレーズだけはっきりわかっても小学生の私には何の歌だかわかりません。

「がたき」は「難(かた)し」が濁音化した「がたし」の連体形(名詞に続く形)です。「がたし」は動詞について「~することがむずかしい」という意味を表します。現代語の文法では「がたい」であり、「信じがたい」「得がたい」などと用いられます。「かたし/がたし」は形容詞ですから、「き」は形容詞の連体形です。「狭き門」の「狭き」は「狭し」という形容詞の連体形です。

「高野辰之記念館」のホームページには、「ふるさと」の歌詞は「作詞した高野辰之が少年の日に友達と野山で遊んだ情景を懐かしんで作ったものです。」とあります。東日本大震災後1年となる今年の3月11日、パリのユネスコ本部で震災のチャリティーコンサートが行われました。指揮者の佐渡裕さん、ピアニストの辻井信行さんの熱演が映像でも報じられました。そのコンサートの最後は、会場全体で「ふるさと」の合唱でした。今、「ふるさと」は、作詞者高野辰之の懐旧の念に、多くの日本人がそれぞれのふるさとへの思いを重ねて歌っています。

被災地の早期復興を願うばかりです。(よ)

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第358回 うまいとおいしい(1)

みなさんは、「『うまい』と『おいしい』の違いは?」と聞かれたら、どう答えますか。

「うまい」は「おいしい」よりもぞんざいな感じがする。/改まった場所では「うまい」より「おいしい」と言ったほうがいい。/女性が「うまい」と言うと、男性が言うのとは違って品がない感じがする――。こんな違いを思い浮かべる方が少なくないと思います。

確かに、辞書を見ると、どちらも「ものの味がよい、美味だ」という意味を持っていますが、「『うまい』は『おいしい』に比べ、ぞんざいな感じを与える」、逆に「『おいしい』は『うまい』に比べて丁寧・上品な感じが強い」と、語感上の差が説明されています。

テレビでも、また、身近な日常の場面でも、男女ともに「うまい」を使っているのを聞くことが増えた気がします。インターネット上で世の中の人の感じ方を調べてみると、「うまい」の多用に違和感を覚えるという声は確かにたくさんありますが、逆に積極的に「うまい」を使いたいと考える人や、まったく違う感覚で「うまい」と「おいしい」を区別している人たちもいるようです。

今回は「うまい」と「おいしい」の語感とその背景を探ってみたいと思います。(ひ)

つづく

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第359回 うまいとおいしい(2)

ネット上の意見を紹介します。

【A】東京の古い人たちは、女性が「うまい」と言うのを嫌う。「おいしい」は上品~普通に聞こえ、「うまい」は下品に聞こえる。私は小さいころから「うまい」は使わないようにしてきた。でも、北関東の女性に聞いたら、北関東では男女の区別なく「うまい」というのが普通だそうだ。(東京・女性)
【B】東北の田舎に住む私は「んめっ」「うめぇ」と言う。「おいしい」のイメージは「標準語・テレビでいう言葉」「都会のお上品な言葉」「東京の言葉」。なじみにくいというか、はっきり言えば使いたくない。(東北・男性)

ここで浮かび上がるのは地域による感覚の差です。「おいしい」は東京の言葉で、女性は「おいしい」を使うべきだというのも「東京の考え」なのでしょうか。時代劇や落語の東京(江戸)の言葉では「うまい」もよく使われていますが……。

国立国語研究所が1950~60年代に調査を行い作成した「日本言語地図」(インターネット上で公開)に「おいしい」「うまい」の分布があります。これを見ると、「うまい」の系統の言葉(「うめえ」「んまい」「うまか」などを含む)が全国に広がっていますが、「おいしい」は関東~中部地方のあたりと、北陸から関西、中国・四国地方にかけた一帯に散在するにとどまっています。「ウマイ類が全国的に古くからの表現であり、オイシイの類が新しく中央から広がっていったことを示す」結果と分析されています。

半世紀ほど前の調査ですが、各地への浸透の度合いには地域差があることがわかります。とくに東北は「日本言語地図」で「おいしい」がほとんど現れていません。【B】の東北の男性のような「おいしい=なじみにくい」という受け止め方の背景がうかがえます。

ただ、「おいしい」は西日本にもかなり分布しているので、「東京の言葉」かどうかはこれではよくわかりません。また、上品さや「女性の言葉」という性質はどこから来たのでしょうか。次回、「おいしい」の語源に背景を探ります。(ひ)つづく

(参考)「日本言語地図 データベース」国立国語研究所
「おいしい」の分布

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第360回 うまいとおいしい(3)

「おいしい」はもともと、味のよいことを表す「いしい」という「女房詞(にょうぼうことば)」で、頭に「お」がついたものだそうです。

「女房詞」とは、室町時代の宮中の女官たちが使い始めた言葉で、おひや(=冷水)、おなか(=腹)、しゃもじ(=しゃくし)など、現代でも使われている言葉が少なくありません。時代が移って江戸時代になると、上品で優美な言葉として将軍家に仕える女性たちが使うようになり、さらに武家の女性たちに広がっていきました。

江戸時代というと武士を頂点とする身分社会というイメージが強いですが、身分を超えて言葉が交流し混ざり合う状況でもありました。武家のお屋敷に町人の娘が奉公に上がり、上品な言葉やしつけを身に付けると、やがてそれを子どもや奉公人に教え、しつけていく。そうした過程を繰り返すうち、女房詞の流れをくむ言葉が武家から町人へ、女性から男性へと広がり、江戸の言葉の要素の一つになっていったと考えられています。

明治時代に活躍した落語家の三遊亭円朝の語りの中にも「おいしい」が見出されます。時代、地域、社会の階層を超える、大きな川のような流れを感じませんか?

「おいしい」がまとう上品さや「女性の言葉」のイメージは、「おいしい」がたどった歴史から生じています。(ひ)つづく

(参考)
・日本語の美しさ 第59~62回 「おむすび」と「しゃもじ」の共通点
・「東京語のゆくえ」国学院大学日本文化研究所編 東京堂出版1996
・青空文庫 三遊亭円朝

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第361回 うまいとおいしい(4)

前回は、「おいしい」など、室町時代の宮中で生まれた「女房詞」が、京都から江戸へ、そして江戸において武家から町人へ、女性から男性へ広がっていった流れをたどりました。では、江戸の言葉となった「おいしい」は、どのように各地に広がったのでしょうか。

研究によると江戸の言葉は、関東の土着の言葉や女房詞のように関西から入った言葉など、様々な要素が混ざり合って新しく形成されたものだと考えられています。江戸時代、政治の中心としての影響力により、江戸の言葉は各地の知識層に広がりました。

続いて明治時代に入ると、中央集権的な近代国家へと邁進するなかで、統一された国の言葉が必要とされ「標準語」が作られていきます。その際、「東京の教養のある人の言葉」が手本とされました。「標準語」は国定教科書を通して、教育により全国に広められていきます。さらにはラジオのようなマスメディアも登場してきます。こうして、江戸・東京の言葉が各地に広がりました。その中で、「おいしい」も、上品・丁寧な語感を伴いつつ広がっていったのでしょう。

それだけに、「おいしい」は歴史の浅い、後発の言葉と言えます。そのため、「『うまい』と『おいしい』②」でご紹介した【B】のような、「なじみにくい、東京の言葉」という反応が出るのでしょう。また、同じく②で紹介した【A】の意見の中にあった、男女とも「うまい」を使うという地域(北関東)は、「おいしい」が入り込んでいないため、「うまい」が普通の、特段ぞんざいとは感じられない言葉として使われているのでしょう。(ひ)つづく

(参考)
・日本語の美しさ 第307~311回 共通語
・「標準語の成立事情」真田信治著 PHP研究所1987
・「変わる方言 動く標準語」井上史雄著 ちくま新書2007

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第362回 うまいとおいしい(5)

前回までは「おいしい」という言葉がどのように広がってきたかを見てきました。今回はインターネットから、「うまい」「おいしい」のまったく別の使い分けを紹介します。

【C】女は「おいしい」と丁寧に言うべきだと言われるが、感動するほどの美味に遭遇したら、「おいしい」じゃ表現しきれなくて「うっまぁい!!」と言ってしまう。(栃木・女性)

【D】「うまい」のほうが直感的。舌からの反応が速く、脊髄反射的。一方、「おいしい」は理知的な印象。遅効性で、じんわり来る感覚。舌から感覚が脳に行き、そこから信号が発せられてわかる感覚。(男性)

【E】我が家の子どもたちにとって「うまい」と「おいしい」は違うそうだ。
肉、魚はうまい、イチゴ、パンはおいしい。
ポテトチップスはうまい、チョコレートはおいしい。
ハンバーグはうまい、高野豆腐はおいしい。
ストレートにくるのが「うまい」、じんわりくるのが「おいしい」ということのようだ。(愛知・男性)

以上は、丁寧さに関係なく、食べ物がもたらす味の質で「うまい」と「おいしい」を使い分けているという意見です。3つに共通するのは、

「うまい」=ストレートにくるもの。インパクトがあるもの。

「おいしい」=じんわりくるもの。控えめなもの。

という傾向でしょうか。「うまい」のほうが勢いがあり、「おいしい」は穏やかでじっくりした感じです。これは、「おいしい」=丁寧、上品、「うまい」はそれよりはぞんざいで、気取りがない語感と、どこかでつながっているような気もします。(ひ)つづく

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第363回 うまいとおいしい(6)

さて、最終回の今回も、ネット上の声をご紹介します。

【F】「おいしい」は調理や料理人が優れていたとき。「うまい」は素材自体に力があるとき。この2語はこだわって使い分けている。(男性)

【G】「うまい」とは酒自体の味わい。「おいしい」は、味はたいしたことがない場合でも、その酒を飲むことが楽しいこと。(男性)

どちらも飲食に専門的にかかわっている方のようですが、丁寧さ・上品さの違いからは、だいぶ遠くに来た感じがします。

【F】は、「うまい=素材。加工のないストレートさ」、「おいしい=料理で加わる複雑なじっくりした味わい」の対比と考えれば、全体として前回見た「うまい=ストレート、おいしい=じんわり」の分け方にも通じるように思われます。

そして【G】は、「おいしい」が飲む「もの」から離れて、飲む「行為」「状況」に広がっている点で、まったく独自な観点となっています。舌の感覚だけでなく、場や、周りとのコミュニケーションも含めて「味」を問う意識がうかがえます。

【G】【F】ともに男性の意見です。丁寧さ・上品さの差をさほど意識する必要がないから、「うまい」と「おいしい」を同等に並べて新しい意味を与えるような、自由な発想が出やすいのかもしれません。

日ごろ使い慣れた「うまい」と「おいしい」ですが、語源や歴史、地域差から、個人レベルのユニークな使い分けまで、意外な奥深さがありました。(ひ)

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第364回 「いる?いらない?」(1)

'Would you like anything to drink?' 「お飲物はいかがですか?」

'No, thank you.' 「いえ、結構です。」

'You don't want anything?' 「何もいらないのですか?」

'Yes.' 「はい。」

'Oh, what would you like?' 「いるのですか?」

'...I don't want anything.' 「…何もいりません。」

'You don't?' 「いらない?」

'Yes!' 「はい!」

'??..So...What do you want?' 「??何になさいますか?」

「・・・いらないって言っているのに…」

という海外での英語話者のウェイターと、日本人観光客とのやりとりの冗談がありますが、これに似たことは英語圏に滞在したことのある方はよく経験することではないかと思います。英語を教えていた時には毎回と言ってよいほど日本人の生徒の皆さんが混乱するところでした。日本語なら、「何もいらないのですか」と聞かれれば、「はい、いりません」と答えるため、英語の否定形の疑問文と付加疑問文に答える時には、いつも答えが「Yes?…違う、Noかな?いや、やっぱりYesか…」という具合に迷ってしまうのです。 では、‘You don’t?(いらないんですか?)’へ「いらない。」と答えたい場合、皆さんは答えは、‘Yes’と‘No’のどちらだと思いますか。答えは‘No’です。なぜなら、英語では、普通の疑問で質問されても、否定の疑問で質問されても、いらない場合はあくまでも‘No’と答えるからです。

それでは、日本語ではどうでしょう。よくある会話を例に挙げると、

A1:「もうお昼食べた?」

B1:「ううん、まだ」

A2:「まだお昼食べてないの?」

B2:「うん、まだ」

となります。B1・B2はどちらもお昼ご飯はまだ食べていません。このB1・B2の答え、「ううん」=「いいえ」、「うん」=「はい」ということから、肯定形「食べましたか?」では “No”、否定形「食べていないのですか?」では “Yes”と答えがちになります。

(や)つづく

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第365回 「いる?いらない?」(2)

それでは同じ会話を英語に訳すとどうなるでしょうか。

A1: Have you had lunch yet?

B1: No, I haven’t.

A2: Haven’t you had lunch yet?

B2: No, I haven’t.

どちらの質問に対しても、答えは “No, I haven’t.”になります。

ついでに付け加えると、

“You have already had lunch, haven’t you?”「もうお昼食べてしまったんでしょう?」

“You haven’t had lunch yet, have you?” 「まだお昼食べていないんでしょう?」

のどちらの付加疑問文に対する答えも、 “No, I haven’t ( had lunch yet ).”と、同じ答えになります。

基本的には “not”が入った文は、Noに続くのが原則だからです。そして事実はひとつだけで、「お昼は食べていない」 “I have not had lunch yet.”なのです。

それに対して、日本語の「はい」「いいえ」は、相手の言っていることが事実と一致しているか、いないかで決まります。お昼を食べていない場合、最初の「お昼を食べた?」という質問の「お昼を食べた」という行動はなされていないため、「いいえ、食べていません」となります。一方、A2「まだお昼食べていないの?」という質問の中の「まだお昼を食べていない」という文は、事実と一致しているので「はい、(あなたの言っていることは正しいです。私は)お昼を食べていません」となります。

日本人は、その法則を英語にも応用して、 “Haven’t you had lunch yet?”…“Yes, I haven’t.” と答えてしまうことがあるのです。

(や)つづく

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第366回 「いる?いらない?」(3)

もう一つ日本語と英語の感覚で違うな、と感じるところは、「ありがとう」といった時の相手の応答です。

日本語では、普通「ありがとうございます」には、「いいえ、どういたしまして」と返します。近年「はい」と返ってくることがしばしばあり、違和感を覚えるのは私だけでしょうか。「ありがとう」は、「有り難し」→「滅多にない」からきていて、「こんなに親切にされることは滅多になく貴重なことです。」というところから感謝の気持ちを表す言葉になったそうです。「はい」と返されると、「そうですよ」と上から目線で言われているような気がするので、『日本語の美しさNo.322~326』の「謙遜の文化」が染みついた人間には違和感があるのかもしれません。

「いいえ」「どういたしまして」に対する英訳は、“You are welcome”や“No problem”、 かしこまった言い方だと“It’s my pleasure.” などがありますが、カナダ人やアメリカ人と話すときに、随分前から「ありがとう」-「はい」と同じような違和感を覚える応答があります。 “Thank you.”というと、 “Sure”と返ってくるのです。ご存知の通り、“Sure”は「もちろん」とよく訳されます。“Thank you”は直訳すると「あなたに感謝します」という意味なので、「感謝して当然」と言われたような気がします。しかし、記憶に残っている人達は「感謝して当然」なんていうような高飛車な人達ではなかったのです。私が“Thank you”と言っているからには何か親切なことをしてくれていて、皮肉を言われるような状況でもありませんでした。(や)つづく

<参考>

語源由来辞典
『日本語の美しさNo.322~326』「謙遜の文化」

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第367回 「いる?いらない?」(4)

少し話が飛びますが、ロンドンのBed & Breakfastに泊まった時のこと、アメリカ人の宿泊客の女の子が私の荷物を運び入れてくれたので“Thank you”というと、“No big deal.”「大した事ではないですよ」という返事が返ってきました。彼女がとてもフレンドリーで感じの良い人だったので、英語でも謙遜した言い方もあるんだなと思いましたが、前述の“Sure”も、結局「(自分は)当然のことをしたまでだ」ということなのでしょう。

“Thank you”という言葉には、もしかしたら日本人の「ありがとう」よりも重みがあるのかなと思う時があります。なぜなら、ちょっとしたお土産をあげた時など、“Thank you”の代わりに“Nice!”とか、“Cool!”(主に若い人ですが)と言われることが多いからです。特に最近は、よっぽどのことがないと、“Thank you”とまでは言わないのかもしれません。

“I’m sorry”に関しても同じことが言えます。日本人は割と頻繁に「すみません」と言いますが、皆さんは外国人から謝られるべき時に謝られないで少々気分が悪かったという経験はないでしょうか。私は英語話者の友人や同僚に「このくらいのことで謝る必要はない」と言われたことがしばしばあります。「遅刻したけど5分だけだから」とか、「待ち合わせ場所にいなかったけど勘違いしただけだから」など…。日本人の「すみません」は、考えてみれば心から謝るというより、人間関係をギクシャクさせないための挨拶のように使われる場合が多々あります。だから欧米のような「謝ったら負け」という感覚が薄いのかもしれません。「負けるが勝ち」という表現もありますし…。お互いの文化や言葉に興味を持ちつつ、外国人とも上手に仲良く付き合っていきたいですね。(や)

<参考>『日本語の美しさNo.322~326』「謙遜の文化」

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第368回 「お大事に」(1)

病気になったり怪我をしたりしている人に別れ際、何と声をかけますか。そう、「お大事に」ですね。私は当研究所の日本語教師養成講座で教えているのですが、先日、喉の腫れから全く声が出なくなってしまったことがあり、養成講座受講生の皆さんをはじめ、職場の同僚、受診したクリニックの看護師さんなど、多くの方から「お大事に」という言葉を頂戴しました。具合が悪いときに「お大事に」と声をかけていただけると、本当にしみじみ有り難いものです。

さて、この「お大事に」という言葉の由来は何でしょうか。辞書で「大事」を引いてみると、説明の一つに「価値あるものとして、大切に扱うさま」とあります。具合を悪くしている人が早く元気になるように、栄養のあるものを食べて休養したり薬を飲んだりするなど、自分の体を価値あるものとして大切に扱ってほしいということですね。相手へのいたわりが表れた、美しい日本語だと思います。(み)つづく

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第369回 「お大事に」(2)

「お大事」をさらに丁寧に言いたいとき、皆さんはどのように言いますか。色々あると思いますが、今回、周りの方が私にかけてくださった言葉は次の三つです。

(1)どうぞお大事に。

(2)お大事になさってください。

(3)お大事にしてください。

(1)は「お大事に」の前に丁重に頼む際に用いる副詞「どうぞ」をつけて丁寧さを上げた表現です。

(2)と(3)は似ていますが、「なさって」と「して」の部分が異なります。何が違うのか、「お大事に」という言葉の成り立ちから考えてみましょう。

「お」は丁寧を表す接頭語、「大事に」は「大事」という形容動詞の連用形で、後ろには「する」という動詞が省略されています。「する」を尊敬語にすると「なさる」、それぞれに依頼の形にしたものが「してください」と「なさってください」です。

「なさる」が「する」の尊敬語である分、「お大事になさってください」の方が「お大事にしてください」より、さらに丁寧な表現ということになります。(み)つづ

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第370回 「お大事に」(3)

前回、「お大事に」の丁寧な言い方を三つ挙げましたが、最後の「お大事にしてください」については、間違っているように感じられた方もいるのではないでしょうか。実は私も少し気になっていた一人です。考えてみるに、後ろの「してください」という部分がかなり直接的な表現であるため、あまり丁寧さが感じられないというのがその原因のようです。

文化庁が毎年行っている「国語に対する世論調査」の平成11年度の調査中に、“敬語の使い方に関連して,規範的には誤用とされる言い方や,適切かどうか問題になる言い方の例を八つ挙げ,それぞれについて「気になる」かどうかを尋ねた。”というものがあるのですが、その八つの内の一つに、ちょうど「どうぞ,お体をお大事にしてください」というものがあります。結果は、「気になる」と答えた人が16.7%、「気にならない」と答えた人が80.1%というものでした。気にならない人の方が大多数だったものの、気になる人も一定数いたことが見て取れます。

では、この「お大事にしてください」という言葉は使わないほうがいいのでしょうか。(み)つづく 

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第371回 「お大事に」(4)

「お大事にしてください」という言葉は使わないほうがいいのでしょうか。私はそうは思いません。確かに人によっては気になる表現なので、より丁寧な「お大事になさってください」を使ったほうが無難かもしれません。けれども、「お大事にしてください」も誤った日本語という訳ではありませんし、そもそも具合の悪い人にいたわりの言葉をかけるということ自体が十分丁寧な行為だからです。

喉の腫れから全く声が出なくなってしまった私ですが、幸いにも約一週間後から少しずつ出始め、三週間ほどでほぼ元通りになりました。教師を職業とする者にとって声が出なくていちばん困るのは、いくらそれ以外の部分が元気でも通常の授業が行えなくなってしまうということです。私も声が出ない期間、同僚の教師にたくさん授業を代わってもらいました。

教師にとって声は命。日本語教師を目指される皆さんも、どうぞ喉はお大事になさって(して?)ください。(み)

<参考>
平成11年度「国語に関する世論調査」(文化庁)
敬語の指針(文化庁)
goo辞書

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第372回 わかるでしょ(1)-省略は文化-

A:昨日、(私はCさんに愛を)告った。

B:で、(CさんはAさんに)何て(答えたの)?

( )の内容をAとBの間で共有していれば、つまりBがAの最近の重大事に関心を持っていて、そのことをAも感じていれば、( )の言葉は省略してもわかり合えますね。日本語では、わかっていることを全て几帳面に表現してしまうと、無粋で硬い、親密感のないやり取りになってしまいます。

「日本人は短くするのが好きですねぇ」

日本語クラスで外国人学習者が「やれやれ…」といった表情でよく言うことばです。省略された言葉を類推しなければ、さっぱり意味がわからないからです。

日本語は、主語をはじめいろいろな語の省略が多く、人物がおかれている状況や前後のやり取り(文脈)から内容を察していくことが求められます。婉曲表現(遠回しな言い方)も含めて、日本語は高コンテクスト(高文脈)文化だと言われます。今回は、全てを語らずにわかり合うことを良しとする日本語の側面について、見てみましょう。(た)つづく 

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第373回 わかるでしょ(2)-「あれ」「例の件」-

夫:おかあさん、あれは?

妻:あ、ハイハイ。

「全て言わずとも、心得ている」以心伝心の関係ですね。ここで、「“あれ”って何ですか」と妻が問い返すと、“あれ”で通じ合う関係が成り立っていない、あるいはそういった関係を拒んでいるかのような気まずい空気になります。これは、家族に限らず地域や職場といった所属するコミュニティの中にもあります。

上司:例の件、どうなった?

部下:はい、…。

ここで「…」のままでは事が進まないので、“例の件”をいろいろ思い起こしますね。

部下:A社への依頼の件ですね。昨日のメールでは…

と察して話を進めることになります。

家族にしろ職場にしろ、毎日顔を合わせていても直面している状況は一人一人異なるので、相手の言わんとするところがすぐにはつかめず、戸惑うときがあります。しかし、察しの良しあしは相手といいパートナー関係を結んでいるか、結ぶ気があるのかを問われる場面でもあります。(た)つづく 

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第374回 わかるでしょ(3)-略語(縮約)-

「ドンキ」と「ドンキー」と聞いて、何のことかピンときますか。

わが家の娘は、ドンキホーテ(大型量販店)を「ドンキ」、びっくりドンキー(ハンバーグの外食チェーン店)を「ドンキー」と言います。高低アクセントが同じで単語の最後が伸びる音(長音)かどうかの違いなので、話の中で出てくると紛らわしい…。

私「へぇ、最近は(ハンバーグ屋さんで)そんなものも売ってるんだ。レジの横で?」

娘「それは“ドンキー”。今の話は“ドンキ”!」

ということになります。

この略語は、娘の小学校時代からの友達の間で使われているということです。高校に入った時に他の地域ではびっくりドンキーを「びくドン」と言っているのを聞き、一般的な言い方ではないことを知ったそうです。それでも、いまだに地元友達とは使っていて、仲間内(友達、業界、職場等)のみで通用する隠語のようなものになっているようです。

長い言葉を短くした略語を使うことでわかり合える関係を確認し安心を得ている、仲間意識の略語ですね。「わかるでしょ」と押しつけられて、私も強引に娘の仲間に入れられた気分です。(た)つづく 

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第375回 わかるでしょ(4)-あいさつ言葉-

今回は、繰り返し使っているうちに内容が省略されて、出だしの言葉だけが定着したあいさつ言葉を見てみましょう。

『おはよう』は、「お早い」の連用形「お早く」が変化した語で、江戸時代には「これはお早うお越しですね」というように相手が早く出てきたことに対するあいさつだったのが、だんだん「おはよう」以外が省略され、朝のあいさつになったということです。『こんにちは』は、「今日は(ご機嫌いかがですか)」といった内容が省略されたもの。『こんばんは』も同様ですね。『さようなら』は、元々は「左様なら(ば、帰ります=それでは帰ります)」などと言っていたのが、「ば」の後が省略されたものです。

省略され定型化したあいさつは、時代が下る中で、元々伝えていた内容を知らずに使っていますが、言葉にこめる気持ちは持っていたいものです。

ところで、お通夜や葬儀の場で亡くなった方の近親者にするあいさつは、「この度は、突然のことで…さぞ…お力落としになりませんよう…」と長いですね。あまり明瞭に述べるよりは曖昧でいいようですが、いっそ省略して『この度は』とならないのはどうしてでしょうか。日常のあいさつが合理的に省略されるのに対して、儀式の中でのあいさつは、儀礼としての形を重んじ、長く残っていくということでしょうか。誰が決めたわけでもなく、省略が許されないのは興味深いところです。省略をする、しないも含めて文化なんですね。(た)

<参考資料>
・『日本語教育講座2 音声、語彙・意味』千駄ヶ谷日本語教育研究所 2003年
・『コトバの戦略的思考』梶井厚志著 ダイヤモンド社 2010年
・『日常語の意味変化辞典』堀井令以知編 東京堂出版 2003年
・『暮らしのことば 新語源辞典』山口佳紀編著 講談社 2008年

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第376回 方言でコスプレ!?(1)

コスプレという言葉が社会に出回るようになって、だいぶ時が経ったように思いますが、いかがでしょうか。コスプレというのは「コスチュームプレイ」の略語です。コスチュームプレイというのは、映画やアニメの登場人物に扮することで、同じ趣味を持つ者同士、その姿を披露しあう模様がニュースなどでも時折紹介されています。アニメのキャラクターになりきってポーズをとったり、セリフを言ったりして仲間内で楽しんでいる様子を、みなさんもテレビで観たことがあるのではないでしょうか。最近では「世界コスプレサミット」なるものも開催されているほど、グローバルなものになりつつあるようです。さて、巷ではやりの「コスプレ」と「方言」にどのような関係があるのでしょうか。

実は私たちは「東北弁」や「関西弁」など「方言」を操ることによって、コスプレのように、普段の自分ではないキャラクターを演出することができるのです。今回は、「コスプレ」と「方言」の関係を探ってみたいと思います。(田)つづく

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第377回 方言でコスプレ!?(2)

「方言」を操ることによって「コスプレ」ができる、普段の自分ではないキャラクターを演出することができる、というのはどういうことでしょうか。

私がそのことに関心を抱いたのは、私自身が方言でコスプレをしている、つまり方言を操ることによって、素の自分ではないキャラクターを演出していることに気がついたからです。仕事で、手間のかかりそうな作業を人に依頼するときや、その場の雰囲気を和ませたいときなど、なんとなく「東北っぽい訛」で話しているのです。質問されてわからないときは、「さあ、おらわがんね。」、何かお願いするときは、「おねげえしますだ。」、仕事を頼まれたが忙しくて断りたいときは、「すまねえけど、できねえっす。」などと言っています。私自身は東京出身で、標準語のネイティブなのにです。(田)つづく

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第378回 方言でコスプレ!?(3)

前回の続きです。東京出身にもかかわらず、人と話すときに時折、わざと自分が「東北っぽい訛り」で話すのはどうしてかと考えたとき、私は「純朴なキャラクターを出したいのだ。」ということに気がつきました。テレビドラマの「おしん」などの印象があるのかもしれません。手間のかかる仕事を人に依頼するとき、「東北の純朴な娘」として依頼すれば、「まあ、困っているのね。」と思って、快く引き受けてくれるのではないかと、無意識に心が働いていたようです。

実はこのような現象は『方言コスプレ』と呼ばれる社会現象として、本なども出版されています。たとえば友達がつまらない冗談を言ったとき、関西出身でもないのに「なんでやねん!」とつっこんだことはありませんか。これも「方言コスプレ」の一種です。「大丈夫さあ。」と琉球方言を使って寛容な態度を、やっかいごとを引き受ける際、「大丈夫でごわす。」と薩摩方言を使って男らしさを演出するなどです。いかがでしょうか。みなさんは方言コスプレを無意識にしていたことはないでしょうか。(田)つづく

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第379回 方言でコスプレ!?(4)

東京出身なのに、純朴さを演出したいために「東北っぽい訛り」を使う、というのはつまりネイティブではないのに、方言を使用するということです。そもそも「東北っぽい」というところからして、特定の地方の方言を指していないわけですが、このような、その地方出身ではない人が適当に使用する「~っぽい」方言は、『ヴァーチャル方言』と呼ばれます。

では、なぜヴァーチャル方言を使って、素の自分ではないキャラを演出できるのかというと、私たちが方言に対してある種のステレオタイプを持っているからです。『方言コスプレの時代』という本の中では、私たちが持っているその方言のイメージが以下のように挙げられています。以下は地方ごとの方言のイメージの中で一番多く挙げられたものです。「大阪」=「おもしろい」、「京都」=「女らしい」、「北海道」=「素朴」、「福岡」=「男らしい」、「沖縄」=「あたたかい」、「東京」=「つまらない」。…いかがでしょうか。方言の中に私たちが抱く共通するイメージがあってこそ、方言コスプレは成り立つと言えます。(田)つづく

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第380回 方言でコスプレ!?(5)

ヴァーチャル方言の使用者は現時点においては東日本の都市部の若年層が中心となっているようです。それは共通語しかしゃべれない都市部の若者が、方言を「かっこわるいもの」というネガティブな捉え方ではなく、「かっこいいもの」というポジティブな捉え方をしていることによると考えられています。つまり「自分たちも方言を操りたい」という欲求があるわけです。また地方出身者も方言を「恥ずかしいもの」としてではなく、むしろ「誇らしいもの」ものとして捉えるようになったのも、方言コスプレが成り立つ背景としてあると思います。一昔前だと「方言をばかにしているのか!」となりそうなところを、都市出身者も地方出身者も共通して方言を「よいもの」と捉えていているので、純粋にキャラクターを演出するための方言コスプレとして成り立つのです。とはいえ、方言コスプレをすることによって、知らず知らずのうちに、地方出身の人を傷つけることもあると思うので、気を付けなければなりません。

賛否両論があると思いますが、この「方言コスプレ」という現象は確実に広がっているようです。みなさんも職場で、学校で、このような現象が起きていないか、また自分自身が無意識にことばのコスプレをしていないか観察をしてみるとおもしろいのではないでしょうか。(田)

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第381回 おいしさの表現(1)

「プリプリ」、「しこしこ」、「モチモチ」……、最近よく見たり聞いたりする表現だと思いませんか?

学校で日本語を学んでいる留学生から、日本のテレビ番組にはグルメ、旅行、クイズが多い、 という声をよく聞きます。そう言えばそうだ、と感じる方も多いのではないでしょうか。調べてみると確かにそうで、番組製作に関わる人たちには、特にグルメは視聴率が取り易い、という経験則があるそうです。それを知ってから、改めてテレビ番組をよく観察してみると、もともとグルメ関連ではない番組でもグルメの要素を織り込んでいるというケースが見られます。例えば、この原稿は全国的に金環日食が見られた日に書いているのですが、金環日食の様子をレポートする担当者が、タレントお気に入りの朝食メニューを食べながらレポートする、といった感じです。刻々と変わる金環日食の様子と一緒に、メニューを出しているお店の情報やそのメニューの虜になったタレントが紹介されていました。金環日食に興奮する列島各地の状況を各局横並びで同時にレポートしているような時間帯でも、グルメの要素を織り込めば、強力な差別化になり、視聴率が結構稼げるのだそうです。

(に)つづく

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第382回 おいしさの表現(2)

日本のテレビ番組にグルメの要素が多いということは、それだけ日本に紹介できる食材や料理、それを供するお店が多いということ。しかし、グルメを特集している番組を見ていて、登場人物が「おいし~い!」、「うま~い!」を単に繰り返しながら食べている情景を延々と見せられると物足りないと思いませんか?敢えて言葉で説明するまでもなく、おいしいものはおいしい、と言ってしまえばそれまでですが、こういう時どんな表現で形容されれば見応えがあるものなのでしょうか。

グルメの要素を取り入れると視聴率が取れるという話ですが、とりわけ視聴率を稼げる食べ物があるとのこと。皆さん、どんなものを連想しますか?……答えは、「アカもの」と「湯気もの」だとか。「アカもの」とは、ツツジ科の植物のことではなく、要は赤い食材のこと。なんでしょう?……マグロや焼き肉、つまり、赤が目立つ食材のこと。そして「湯気もの」とは、湯気が立つ料理。代表格はラーメンなのだそうです。(に)つづく

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第383回 おいしさの表現(3)

「豚骨からとったスープは、白濁しておらずわずかに透明感があり」「魚介系のほのかな香り」「あっさりながらもコクのあるスープ」「縮れのある太麺に旨味が絡みやすい」「コク深くもしっとりしたスープ」「何とも言えないモチモチ感」「やや魚介の風味を残して、喉に流し込まれる感じ」……これは筆者の故郷の人気店を訪れたお客さんが、あの「食べログ」に書いたブログの一部ですが、そう、「湯気もの」の代表格とされるラーメンについてのものです。最近は、激戦区とされる地域や人気店の行列がよく話題になりますが、おいしさを表現したい時、どんな要素が挙げられるでしょうか?

料理の味わい方として、古くから「目で味わい、舌で味わう」といういい方があるように、まずは見た目の印象、そして味覚、それと共に食感、最後に余韻というのが、要素として挙げられますが、おいしさの表現には時代と共に変化があるのだそうです。

(に)つづく

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第384回 おいしさの表現(4)

「プリプリ」、「しこしこ」、「モチモチ」……、皆さん、どんなものを連想しますか?

「プリプリ」は海老。海老マヨや海老フライ等様々な海老料理に使われる言葉ですが、海老ばかりでなく、イクラ、イカ、鮮魚の食感やイキのいいお刺身の見た目の印象を表現する時にも使われます。この食感がもう少し歯応えのある赤貝や鯛等になると、「コリコリ」が使われます。次いで「しこしこ」は麺類。コシのあるうどんやラーメン等の心地よい硬さと弾力性、程よい粘りのある食感を表現しています。そして「モチモチ」はパン餅。心地よい粘りのあるやわらかさが連想されるでしょう。似た言葉に「もっちり」がありますが、これは口に入れた瞬間の印象を表し、その食感が継続的に感じられる場合に「モチモチ」になるようです。前回取り上げたラーメンのブログにも「モチモチ」が使われていましたが、粉を使って作られる食品に「モチモチ」が広がりつつある傾向も指摘されています。

こうした言葉に共通しているのは、いずれもオノマトペ(擬声語・擬態語)であり、食感を表す言葉であるという点です。(に)つづく

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第385回 おいしさの表現(5)

「美味なるものには音がある」

「コクがあるのにキレがある」

いずれも1980年代半ばにCMの宣伝文句として大当たりした表現です。「美味」、「コク」、「キレ」はいずれも味覚に関する言葉ですが、時代と共においしさの表現が味覚系から食感系へとシフトしているという興味深い調査があります。

性別や世代別においしさの表現のランキングを7年にわたり調査したものですが、それによると、「コクがある」という表現は男性には重要な表現として上位に位置しているものの、女性にとっては重要性を失いつつあり、「モチモチ」「もっちり」といった食感系の言葉が軒並みランキングを上げているとのこと。確かに、飲食品のパッケージを見ていると、「カリッと」、「サクサク」、「もちもち」、「プルンと」、「すらっと」、「パリッと」、「とろ~り」、「サックリ」といったように食感で食欲をそそる商品が増えていることがわかります。

おいしさの表現については、女性に見られるランキング傾向の後を追うように男性も好む傾向が現れるのだそうですが、味覚系から食感系へという表現のシフトは、実は経済的な発展と関係があるようです。味覚に対する欲求は、動物が栄養を求める上で重要な要素でありながら、摂取すべき栄養に飽き足りてくると、人は香りや食感といった味覚以外の感覚を楽しむようになるということです。(に)つづく

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第386回 おいしさの表現(6)

食感系の表現は、感覚的なものなので誰にでもわかりやすいのですが、味覚系の表現となると、そのうまさをまずおいしいと感じ、他のものを食べ比べる経験も重ねて表現力を磨く、という学習がなされないと上達しない、といわれています。

2005年、日本では食育基本法が制定されました。食育によって、国民が生涯健全な心身を培い、豊かな人間性を育むことを目的としており、多くの企業も食育活動を展開していますが、食育活動の一環に「味覚教育」があります。味覚教育については、美食の国フランスで20年近く前から毎年10月に政府主導で展開されている「味覚週間」の一連の活動に学ぶべき点が多く見られます。主に小学生を対象に行われていますが、その活動の中ではいろいろな食材や料理に触れ、それを分かち合って食べ、五感を言語で表現する訓練もなされます。こうしたことが自分の感覚と向き合い、それを言語化することで感覚がより鋭敏になり、言語表現も豊かになるという相乗効果が得られる上、他の人の感覚との違いを認め合うことで他者理解にもつながるという副次的効果も報告されています。

こうした活動は日本の食育活動にも影響を与えつつありますが、幼少期のこうした教育を通して食に関する表現がより豊かになれば、グルメ番組での感想も、「おいし~い!」、「うま~い!」だけで片付けられなくなることが期待できると思います。(に)

<参考文献>
・『「おいしい」感覚と言葉 食感の世代』大橋正房・シズル研究会著、㈱B・M・FT研究会刊
・『味覚と嗜好のサイエンス』伏木亨著、丸善刊
・ウィキペディア「食育」
・Food Watch Japan
・All About「食と健康」
・食べログ
・フランスの小学校教育における食育

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第387回 小さい「つ」-促音(1)

「猫のミーコはどこ行った?」「2階にいた」
「2階にいるのを見たの?」「見てない」
「じゃ、なんで『2階にいた』って言うの?」「階段上がるの見た」
「それは『2階に行った』でしょう?」「だから『2階にいた』よ」

日本人と外国人が結婚したら、こんなやりとりがあるのでしょうか。日本語を母語としない人の中には、「行った」と「いた」の区別がつかない人がたくさんいます。発音の違いがわからないのです。「だって『行った』は小さい『つ』があって、「いた」はないじゃない」と、日本語を母語とする人は思いますよね。ところが、この小さい「つ」の感覚が、彼らにはわからないのです。

手を叩きながら「行った」と言ってみましょう。「い」「っ」「た」と、3回叩きます。「っ」の時、発音していますか?音は出ていませんね。音はないのに、私たちはそこに「い」や「た」とほぼ同じ時間の感覚を感じ、手を3回叩くことができるのです。ところが、この感覚は誰もが持っている感覚ではなく、日本語を母語としない人たちにはよくわからないものなのです。

小さい「つ」のことを促音と呼びます。促音の感覚がつかめないと、「坂」「作家」、「一」「一致」、「肩」「勝った」、「歌」「売った」などの区別がつきません。「将来の夢は、サカになることです」と言ったら、ちょっと頭がおかしいんじゃないかと思われてしまいますね。

(こ)つづく

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第388回 小さい「つ」-促音(2)

「行った」の促音「っ」では音は何も出ていないのですが、「いっしょ」の場合はどうでしょう?これを調べる時はあまり意識しすぎず、ほんの少しゆっくり目に「いっしょ」と発音してください。次に、「い」「っ」「しょ」と、手を3回叩きながら言ってみましょう。「この時も、小さい『つ』で音は出てないよ」と感じた方は、不自然な発音になっているはずです。自然な発音では、促音部分で「し」の子音(「シー、静かに」と言う時の最初の音)を言っているはずです。このように、促音には2種類あります。

A:行った、作家、一致、勝った、売った、活気、括弧など
B:いっしょ、喫茶、摂氏、筆者、日誌、発車、必須など

Aは、促音の後ろに[k][t][()][][p]という音が続く場合、つまりカ行、タ行、パ行の音が続きます。Bは後ろに[s][()]という音が続く場合で、サ行の音が続きます。私たちは促音に2種類あることなど意識せずに発音していますが、日本語を母語としない人の発音を直してあげる場合には促音の種類によって直し方が違いますから、2種類を知っておく必要があるのです。

Aの語の発音が「いた、さか、いち、かた、うた、かき、かこ」などになっている場合はどう直せばいいでしょうか。まずは自分で正しい発音を言ってみて、促音のところで口の中がどのようになっているかを感じましょう。「行った」の「っ」の時、舌先が上の歯茎にパッと付きますね。「カッパ」だったら「ッ」で上下の唇が付きます。付く瞬間は力が入っているので、力が入ることを教えてあげればいいわけです。 (こ)つづく

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第389回 小さい「つ」-促音(3)

「行った」「カッパ」の促音部分では何の音も発していませんが、舌先と上歯茎、上唇と下唇に力を入れて、次の音の発音の準備をしています。「行った」「カッパ」を、わざとどこにも力を入れずに発音してみましょう。「いーた」「カーパ」のような、少し締まりのない発音になりますね。改めて力を入れていつもどおりに言ってみると、自然な発音になっていますね。日本語を習い始めた入門期の学習者には日本語での説明自体が通じませんから、何かわかりやすい方法で力を入れることを伝えます。

例えば、促音部分でこぶしを握る方法があります。演歌歌手が力を込めて歌うとき、片手を握っていますね。あれをイメージして、「行った」の「っ」でやってみてください。手に力を入れた瞬間、舌先と上歯茎が接するところにも力が入って促音の感覚がつかめるようになります。

これはVT法(Verbo-Tonal Method)という音声指導法を使った方法です。音の特徴と身体の動きとを関連付けて発音指導するのです。「い」で手を叩き、「っ」でこぶしを握り、「た」でもう一度手を叩くと、促音部分の時間の感覚が学習者にも理解できるようになります。

(こ)つづく

<参考>

『日本語の発音指導-VT法の理論と実際-』クロード・ロベルジュ、木村匡康著、凡人社、1990

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第390回 小さい「つ」-促音(4)

下のAの促音を学習者がうまく言えない時には、促音部分でこぶしを握って力を入れればよかったですが、Bについてはどうでしょうか。

A:行った、作家、一致、勝った、売った、活気、括弧など
B:いっしょ、喫茶、摂氏、筆者、日誌、発車、必須など

Bは促音の後ろにサ行の音が続いていて、促音部分で「し」の子音(「シー、静かに」の最初の音)か[s]の音が出ているのでしたね。このタイプの促音を学習者がうまく言えない時には、手を叩きながら、促音部分で子音を際立たせて聞かせます。手は、「い」「っ」「しょ」で3回叩き、発音は「っ」の時に「シー、静かに」の最初の音を少し強調して聞かせます。

このように、促音には2種類あり、種類によって発音訂正の仕方が異なることをよく理解しておきましょう。

「服買うのに、何時間かかってるんだよ」「もう少し」
「もう帰るよ」「待てよ」
「待てよってことはないだろ、帰る」「待てよ、そんなに怒らなくてもいいじゃない」

皆さんはもうわかりますね。奥さんは「待ってよ」と言いたかったんですね。こんな誤解をされないように、日本語学習者の発音を的確に直してあげましょう。(こ)

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