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日本語教師こぼれ話 2017年

冷たい水は体に悪いです

 初中級の作文の授業でのことです。与えられた課題に沿って400字程度の作文を書く練習をしています。この日のテーマは「日本で理解できないこと」。普段頭を抱えてうなっているような学生でも、このテーマは取り組みやすい課題のようで、色々な視点から話題が出てきます。

 例えば、
・日本の部屋が狭いこと
・日本の果物がとても高いこと
・道にゴミ収集ボックスが少ないこと
・電車の中が静かなこと
・日本の女性は寒い冬でも短いスカートを履いていること
など、これらは学生からよく出てくる定番の話題です。
 この日は、また違った思わずう~ん…とこちらが頭を抱えてしまうような話題が出てきました。

 「先生、なぜ日本の飲食店では冷たい水を出すんですか。理解できません」
この質問が出た途端、周りの学生も「ああ!そういえばそうだ」と皆ざわざわと話し始めました。「中国ではお湯か熱いお茶を飲みます」「冷たい水は体に悪いです」「日本人は冷たい水が好きなんですか」など、ヒートアップ。

 「う~ん、確かにお腹を冷やすと体に良くないですよね、でも冷たい水が好きだからという理由でもないと思います。日本にも冷たい水ではなく温かいお茶を出す店もあります。正直今まで疑問に思ったこともありませんでした。」
 と伝えると、皆「あぁ~」という反応。

 普段当たり前だと思っていることが、彼らにとっては当たり前ではないということ。そのことに気づかされる毎日です。
学生に新たな視点を与えてもらうだけでなく、普段から自分も視野を広げて物事を見られるようにしなければ、と考えさせられました。授業では一方的な教える、教えられるという関係ではなく、お互いに学び合う関係の中で私自身日本語教師として成長していきたいなと思います。(井田)

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発話の書き起こし

 会話のテストで、私は学生の話した内容を録音したものを書き起こします。専門的にはトランスクリプト(口述転写の意)またはトランスクリプションと言われるもので、本来ならば、様々な記号が出てきて一種の譜面のようになります。

 一例を挙げると、音が延びる場合、コロン「:」を使って表します。学生の会話で「え~~~と、あの~」などの音を記録する場合、「え:::と、あの:」というようになります。

  しかし、学生にそれを見せても理解されないので、私は読点「、」や、波形「~」などを使って書き起こします。学生本人は日本語文法を間違えずに話そうと一生懸命なので、自分が発している音には注意がおろそかになります。「あのう」や、「ええと」などのフィラー(間を埋めるものの意)を使うのは、日本語として自然でいいのですが、「あ~」「え~」など、日本語で書けないような母音を挟む学生が多いです。以下その一例です。

ホン: 「あ~、チュエンさんは、あ~、作ったことが、あ~、ありますか。」
チュエン: 「いいえ、私は 作ったことが ありません。でも、作り方は ちょっと 知ります。」

 このように学生は話します。彼らの発話の中には、不要に長く伸ばす発音や、活用の間違いや日本語にならない音の使用がたくさんあります。それらを自分で意識してもらう為に、書き起こして学生の注意を促しています。滑らかに発話させるために、私は文章の音読も勧めています。(山地)

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手品を使って意味を理解させる

 文法の授業で教師が一番頭を悩ますのは導入の部分です。これから学習する文型がどんな意味で、誰が、どんな時使うか、どんな機能があるかなどを、具体的な状況を提示して学生に理解させます。導入がスムーズにいくかどうかで、その後の授業に対する学生の集中度が全く違ってきます。

 以前、初級の授業で「~ておきます」の導入をしたときのこと。簡単なトランプの手品を学生に見せて、ちょっと驚かせた後に「ハートのAはここに置いておきました。」と種を明かして文型の導入と運用理解につなげた時は、学生は大きな拍手で喜んでくれました。

 分かりやすい導入や説明や例を考え、それを示すことで学生が理解してくれた時には、日本語を教える楽しさと喜びがこみあげてきます。

 もちろん、毎回導入が成功するわけではなく、懸命に考えた導入でも「先生、わかりません」と 言われ、授業がストップしてしまうこともあります。そういう時は冷や汗をかきながら、例文をいろいろ並べ、状況を粘り強く説明するようにしています。

日本人が当たり前に使っている言葉が学生にとっては「なぜ」「どうして」の塊なのがとても面白いです。これからもたまには手品を使って、学生に言葉の意味を伝えていきたいと思います。 (水谷)

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宿題のチェック

 私が日本語教師をしている実感が湧くのは、宿題のチェックをしている時です。 私が担当する初級クラスでは、ワークブックという文法ドリルが宿題として出ます。各課が終わるごとにクラス分をチェックするもので、なかなか時間と手間のかかる作業です。ただ、授業中では得られない気づきもあります。

 一つは、学生一人一人の様子です。この学生はこういう字を書き、こういう書き間違えをするんだということから、この学生はいつも頑張っているのに、今日は空欄が多いな、何かあったのかな?という生活面さえ気になったりします。

 二つ目は、クラス全体の傾向を確認できることです。予想外のミスの発見やみんなが同じ表現でつまずいているのを見て、意味用法が定着していないことが把握できます。

 思わずクスッとしてしまう間違えもあります。例えば、どうしても「ろ」が「る」になる学生。「国」と書くべきところを、「わたしのにくは、広くて大きいです。」と書いてしまう学生。授業中は控え目なのに作文では大胆な学生…。初級なので使用語彙や表現は限られますが、不思議と個性が出てくるところが面白いです。

 根気よく間違えの指摘を積み重ねていくうちに、気づいたら学生は日本語力をつけており、そこに嬉しさも感じます。日本語教師を目指していた頃、こんな地道な作業でやりがいを感じるとは思いませんでした。この仕事は、教師個人個人が経験してきたことが活かせると言われますが、やりがいを感じる場面も十人十色だなと思います。(岡本)

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「眠る」?「寝る」?

 日本語学校で学生と接していると、様々な質問が出てきます。その場でさっと答えられるものもありますが、正直、「うっ」と詰まってしまう質問も多いです。その一つとして、「先生、“眠る”と“寝る”は何が違いますか?」という質問がありました。

 質問が起こった時の状況はこうです。学生たちに「映画を見た後」という状況での会話練習をさせていたところ、

 A:とっても面白かったですね。私、感動して泣きそうになりました!
 B:え、そうですか?私はつまらなくて、眠りそうになりましたよ。

 という会話が出ました。すると、ほかの学生から「眠りそう?寝そう?」という疑問の声が上がり、そしてついに先に挙げた質問が出てきました。もちろん、私は「うっ」となりました。日常生活の中で「眠る」と「寝る」の違いについて考える日本人がどれほどいるでしょうか。その場では答えることができなかったため、「これは私の宿題にします」と伝え、授業後に意味の違いを調べてみました。すると、「眠る」とは意識がない状態のことであり、「寝る」とは横になっている状態だということが分かりましたので、次の授業でイラストを用いながら学生たちに説明しました。

 日本語教師にはこのようなことが日常的に起こります。しかし、これが案外楽しかったりするのです。私たちが普段何気なく使っている日本語や、知らなかった日本語を、学生たちからの質問でもっと知ることができる。こんな職業があるでしょうか。日本語教師とは学生に日本語を教える職業ですが、それと同時に、日本人が知らなかった日本語と出会えることができる職業なのです。(山内)

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日本語を使う場所は限られている

 「先生、宿題!」これは担当している初級クラスの学生が私に使った日本語です。この2単語を聞き、宿題を出したいと言いたいのだなぁと容易に推測することができますが、私の返事は「宿題が何ですか?」です。

 学生たちにとって日本語を使う場所は実は限られています。同国のルームメートと暮らしている学生が多く、日本に住んでいながらも家では母国語を使っています。アルバイトをせず、日本人の友達のいない学生にとっては、コンビニやスーパーでの買い物、レストランでの食事、そして日本語学校の教室が日本語を使う限られた場所です。学校では多くの語彙や文型を勉強していますが、頭では理解でき、テストでは合格点が取れても、なかなか使えない、話せない学生が多くいます。そんな学生たちに学校で日本語をたくさん使って練習してもらいたい、場面に合わせて表現の幅を広げてほしいと願い、心を鬼にして学生に接しています。

 「宿題が何ですか?」の私の返事に対して、無言で固まっている学生もいますが、ほとんどの学生は悩みながら自分の勉強してきた表現を使い、「宿題を出したいです。」「宿題を見てください。」「宿題を見てくれませんか。」というように気持ちを伝えようとしてくれます。

 他にも、教務室に入りたいのに入れずに、窓から覗いている学生も多くいます。そんなときは、ドアをノックし、「失礼します。○○先生、いらっしゃいますか。」というところから一緒に練習をします。初めは外で覗いていた学生もだんだんと慣れ、3ヶ月もすれば堂々と教務室に入ってきて、勉強した日本語を駆使し、自分の気持ちが伝えられるようになります。その姿を見るたびに私は小さくガッツポーズをしています。

 「学校で使えない日本語は、学校の外でも使えない。」日々そう学生たちに伝えています。(田中)

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わたしができること

 「先生、合格しました!」とびきりの笑顔で学生が教務室にやってきました。出願の準備、面接の練習を一緒にしていた学生が、第一志望の大学に合格したことを報告しに来たのです。絶対に入りたかった大学に合格したこと、そしてここ3か月間の受験に向けての彼の頑張りを思うと涙が出そうになりました。

 日本語教師をしていて一番喜びを感じるのは、学生が自分の目標や目的を達成したときです。「○○に合格しました!」、「スピーチコンテストで入賞しました!」などの報告を聞くと、忙しくて荒んでいた気持ちも一瞬で明るくなり、励みになります。

 学生たちは「先生のおかげです。」と言ってくれます。でも、頑張ったのは学生自身です。結果を出したのも学生自身です。教師ができることは限られているし、わたしがしていることがどれぐらい学生のためになっているかも正直分かりません。それでも、少しでも学生の力が伸びるように、学生がもっと頑張れるように、日々考えながら彼らの目標達成のためにサポートしていければと思います。(座古)

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「当たり前」の違い

 私の担当していたクラスで、九州の大学の大学院を受ける学生がいました。彼は自分で教授と連絡を取り合っていて、順調に準備が進んでいる報告だけ聞いていました。しかし、学生の立場で考えると、面接を受けるだけでもかなりのプレッシャーなのに、そのうえ九州まで行くとなると移動にかかるお金や、知らない土地へ行く不安など色々大変だろうと心配していました。そんな時、その大学の教授がたまたま東京へ出張に来られるという幸運があり、彼の面接は東京の空港内で行ってもらえることになりました。私も学生も本当に良かったと安心しました。

 そして、面接の翌日その学生に「面接はどうでしたか?」と聞いたところ、とても悲しそうな顔をしたのです。私は何か分からない日本語があったのか、聞かれて答えられないことがあったのかと、色々考えました。しかし学生の答えは「とても残念です、教授は羽田空港に、私は成田空港に行きました、だから会えませんでした」と答えました。

 留学生にとっての空港は、成田空港で疑う余地がなかったのです。彼はちゃんと確認しなかったことをとても後悔していましたが、私も学生の立場を考えればそのくらいの予想はできたはずでした。一言、羽田か成田か聞いていればこんなことにならなかったと、深く後悔しました。日本人にとっての当たり前と留学生にとっての当たり前は、全然違うのだと再認識しました。この当たり前の違いによって、日々面白い出来事が次から次へと起こるのが日常ですが、今回はとても残念な結果になってしまいました。

 その後、その学生は再び教授と連絡を取り合い、九州へ面接を受けに行き、嬉しそうな顔で「合格しました」と報告に来てくれました。(倉本)

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